last update 2006-04-15
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 磯根山俯瞰

 磯根山からみた大貫村。現浜町と川向の海岸には船らしい集団が見られるが、漁業人口が最も多かったと思われる高根海岸の船影が極めて少ない。どのような事情によるものか不明。干潮時の写真であろうか、繋留堤が極端に短い。 かなりの望遠レンズを使用したと思われるが、それにしても当時の高根集落は高い位置にあったことがわかる。撮影年代は不詳であるが、大正初期以前の写真と思われる。 写真提供:稲葉 保二様


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 小久保の町並み

 仲町の橋の先の米や雑貨を売っていた浜田商店か?大正3年頃の写真。写真が珍しいためか大勢の人が覗いている。


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 岩瀬川河口で泳ぐ人

  大貫村とプリントされていますので、明治中期〜大正中期の撮影と思われます。子どもたちが川で泳いでいる。  写真提供:野中 徹様


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 岩瀬川河口の船遊び

 上の写真と同時代のものと思われる。船遊びをする船の遠方に大勢の人が橋の上にも見られる。  写真提供:野中 徹様 


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 岩瀬海岸の松並木

 そなれの松を縫うように続く海辺の径。小 久保から大貫駅に向かう近道として親しまれていた。西風が吹くと、径はたちまち砂丘と化し、通行人は砂丘を上り下りしながら辿った。松食い虫の被害と開発ラッシュのため、白砂青松と美しい砂丘は立派な舗装道路に置き換えられた。撮影は昭和9年。     写真提供:野中 徹様


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 岩瀬海岸から磯根崎を望む

  そなれの松は健在である。砂丘に寝そべっ て眺めた磯根山の姿を、心の原風景にもつ熟年者は多いにちがいない。ちなみに、海岸道路は画面の左側にあった。高根の築港付け根付近の漁業倉庫や岩瀬川河口堤防の長さなどから、昭和20年代後半の写真と推 測される。 写真提供:渡辺ひでみ様


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 漁村

  高根の藤平神社東方の高台から撮影されたと思われる。手前は高根集落。おそらく明治末期か大正初期の写真であろう。 写真提供:野中 徹様


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 岩瀬の町並み

 大正時代の岩瀬の通りには、人力車に乗る人、自転車に乗る人、歩く人がいた自動車が一台見えるがまだ珍しかったと思われる。道路も自動車があまり走った気配はない


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 美しい町並み

  岩瀬の美しい町並み。「えのたけ」さん付近から撮ったものと思われます(ことによったら火の見櫓の上からかも?)。右端に見えるのは高木漬物店の煙突でしょうか。昭和10年頃の写真です         写真提供:堀 恒子様


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 佐貫の町並

  大正初期の佐貫の町並み。道路脇の側溝にはきれいな染川の水が流れています。城下町の名残を残す整って家並みが見られます。 写真提供:野中 徹様


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 第一海堡より三船山を望む

  昭和30年代はじめの写真。第一海堡と富津岬が潮が引くと地続きであったことがわかる。拡大すると人が集団で歩いているのがわかります。 写真提供:岩瀬榎本足袋店様


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 ここに収録した写真は「グリーン・ふっつ」が「ふるさとの思い出写真集」 明治・大正・昭和・富津(昭和59年発行)の編集者 野中徹氏や他の写真所蔵者の了解を得て収録したものです。掲載写真の無断転載などの使用はお断りします。 (グリーンネットふっつ)
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